
この文章は何?
森林経営管理制度(以下「この制度」)を活用し、小規模林業事業体が事業地を確保するための作業の流れを紹介しています。
この制度を一言でいえば、「山の所有者は自分で管理できない方が多いから、ちゃんと市町村が音頭を取って面倒みなさい」という仕組みです。そのための財源として、2024年より一人1,000円/年の森林環境税が徴収されています。
自治体はこの制度に基づき、地域の山林所有者に「自分で管理する意向があるのかどうか」のアンケートを行い、お手上げの山主については自治体が山(森林)の管理をいったん預かります。そうして取りまとめられた山は玉石混合で、もやしのような放置林もあれば、目を見張るような良質な材が低コストで得られる山もあります。好条件の山については、弊社のような事業体が手を挙げることで搬出間伐等の施業をすることができる仕組みになっています。
では事業体の立場で施業に手を挙げるかどうかの判断はどうすればいいでしょうか?一度に公募がかかる範囲は数十筆、数十haあることも珍しくなく、その中から採算の合う山を見つけ出す必要があります。
森林組合のような規模が大きい事業体であれば、高機能な森林管理システムや地上レーザーなどの最先端機器が導入されているかもしれませんが、弊社のような年間生産量が1000立米未満の事業体はそこまでの環境を持っていないでしょう。さらに事務・調査の専門スタッフを置くほどの人的余裕もないため、限られた時間の中で効率的に調査を行うことが求められます。
本稿では私たちの活動する愛知県岡崎市での事例をもとに、フリーソフトや公開されている図面等を活用しながら、調査やプランニングに係る経費を抑えつつ効率的にこの制度に参加する実務手法を紹介します。
誰に向けて書かれているか?
- ◎この制度で事業地を確保したい小規模事業体の方
- 必要な技術と作業の流れが分かります。この制度に限らず、山林の調査や見積もりの基礎が理解できます。
- 〇 この制度の運用を行う自治体職員の方
- 事業体サイドの実務や求めている情報を理解いただけます。
- △ 既に森林組合等でプランナーとして活躍している方
- 釈迦に説法では🤔
STEP 1:「意欲と能力ある事業体」になる
誰でもこの制度の受け皿となれるわけではなく、まずは「意欲と能力ある事業体」として都道府県に登録を受ける必要があります。
HPを見ると細かい条件がいろいろと書いてありますが、「意欲」=これから頑張る姿勢を見せればいい部分と、「能力」=実績が求められる部分とがあり、当然「能力」のほうがネックです。
📋 主な要件の例
- 🗓️ 3年以上の事業実績(または3年以上の経験がある職員がいること)
- 📈 作業日報等を作成・分析し、生産管理に取り組んでいること
- ⚖️ 直近の事業年度において債務超過になっていないこと
- 🏥 従業員が社会保険や退職金制度にきちんと加入していること
これらの条件をクリアしたうえで申請を出し、登録されて初めてスタートラインに立つことができます。
緑の雇用制度を使える程度の現場と事務の体制があれば大きなハードルはないと思います。
💡Tips:要件を満たせないなら?
体制や実績が不十分で申請できそうにない場合は「育成経営体」として登録を受けることで意欲と能力ある事業体へステップアップするためのサポートを受けられます。都道府県の林務担当課に相談してみましょう。
STEP 2:デジタル調査環境を整える
限られた時間で成果を出すには、「PCでの机上調査」と「スマホでの現地調査」の連携が必須です。
🛠️ 弊社が活用しているデジタルツール
- QGIS (PC):地図や航空写真、各種データを重ね合わせて記録・解析ができる。【無料】
- QField (スマホ):QGISで作った図面を山に持ち込み、GPS連動で調査・記録できる(圏外でもOK)。【無料】
- DG-PRO1S (外付けGNSS):必須ではないが、山林内でのスマホのGPS精度を向上させる高機能受信機。【一式 約10万円】
💡 QGIS/QFieldの学習について
QGISは汎用性が高い分とっつきにくく、いきなりアプリを立ち上げても確実に挫折します。全国林業改良普及協会が出している専門書などを片手に地道に学ぶのが一番の近道です。本稿での細かい操作説明は割愛します。
QFieldはQGISが使えればすぐに使いこなせるようになるでしょう。林野庁が2025年にマニュアルも作っているので参考になります。
💡Tips:愛知県の森林クラウド
愛知県では県内森林について航空レーザーデータを基にした高機能な森林クラウドGISがあり、意欲と能力ある事業体であればブラウザから無料で使うことが可能です。様々な図面が見られるほか、立木1本1本について樹高や推定胸高直径を集計する機能もついていますが、私は動作の軽さや拡張性からQGISをメインに使っており、森林クラウドは補助的に活用しています。
STEP 3:必要なデータを集める
「意欲と能力ある事業体」に登録されていれば、希望した自治体でこの制度による公募がかかった時に通知と図面、地番の一覧等が届きます。公募が始まってから調査のスケジュールを組むとタイトになります。事前に自治体の担当者と情報交換し公募の時期や規模感をつかんでおきましょう。またQGISなどの操作にも十分慣れている必要があります。
プランニングに必要な図面・データは主に以下の4つです。
- 対象山林のポリゴンデータ(シェイプファイル、Geopackage等)
- 岡崎市の場合は依頼すれば提供してもらえます。ない場合は公開された図面をジオリファレンス機能でGISに取り込んで自分で作ります。
- 赤色立体図(せきしょくりったいず) あるいはCS立体図
- 微細な地形変化(小さい崖、古い作業道など)まで一目で把握できる図面です。愛知県の場合は森林クラウドで見られるほか、一部地域は「全国Q地図」などのサイトから閲覧できます。0.5mメッシュがベスト、無ければ1mメッシュを使います。
- 林相の分かる図面
- 人工林区域の確認やプロット位置の検討に使います。愛知県の森林クラウドでは樹種ごとに色分けされた図が見られます。そうした図が手に入らない場合はQGIS上にGoogle等の写真地図を重ねて表示して目視判定します(ざっくりでOK)。
- 傾斜区分図
- 作業道の検討に使います。国土地理院のデータから無料で作成可能で、私は「〜30度(問題なし)」「30〜38度(コスト要検討)」「38度以上(ハイリスク)」のように色分けして開設しやすい場所を絞り込みます。

STEP 4:机上調査と現地調査
ここからのカギは、「いかに現地調査の時間を減らせるか」です。机上での検討で無駄な手間を省きつつ、現地で効率よく情報収集を行うことで精度を高めます。
① 机上で「見に行く必要のない山」をはじく
QGIS上で各種図面データを重ね、明らかに「ほとんど天然林」「アプローチ不可能」「傾斜がきつすぎる」といった場所をはじきます。私は属性テーブルに「施業判定」というフィールドを足して、以下のように仕分けしています。
- 〇:施業できる
- △:できるかも?要精査
- ×:明らかに無理(見なくてよい)
上記の図面例で行けば、こんな感じです。
- 〇:E・Fの山は全体的に傾斜が緩く、赤色立体図から作業道が入っていることが分かる
- △:A・C・Dは人工林かつ路網があるが、急峻なので机上での判断が難しい
- ×:急峻なB、広葉樹が大部分のG
② 荒い現地調査
QGISの情報をスマホのQFieldに送り、判定が「〇」「△」の山へ向かいます。この段階では林道等から見える範囲をざっくり確認するだけでOKです。 現場を歩き回りながら、QField上で林相、道路状況、沢の様子、転回場や土場にできる空間の有無など、施業に関わる情報をポイントデータとしてメモしていきます。DG-PRO1S (外付けGNSS)を併用すると高精度な位置情報が記録できます。

💡Tips:PCとスマホの同期
QGISとQFieldのデータ連携にはQfiledCloudというクラウドサービスを使うと便利です(100MBまで無料)。初期設定は手間ですが、それ以降は面倒なファイル操作なしにPCとスマホの情報を簡単に同期してくれます。
③ GIS上で再検討 & プロット調査、作業道の計画
QFieldで調べた現地データをPCのQGISに同期し、「施業判定」を再度検討します。〇・△で残った山に対しては詳細な現地調査を行うため、航空写真等をもとに平均的な林相の場所を探してプロット調査(サンプル調査)する箇所を決めます。作業道を入れる場合は赤色立体図や傾斜区分図を見ながら仮の路線を引いて、再度QFieldに取り込んで現場へ向かいます。
④ 作業道の路線決定 & プロット調査
- 作業道:机上で引いた仮ラインを実際に歩き、沢や傾斜、岩盤の有無などを確認しながら線形を決め、QFieldに記録します。
- プロット調査:GIS上であたりをつけた場所で100平米のプロット区画を設定し、範囲内のすべてのスギ・ヒノキの胸高直径、樹種、品質(曲がり・腐れなど)を野帳にメモし、平均的な樹高をレーザー距離計等で測定します。
💡Tips:プロットの設定は慎重に
100平米のプロットで立木の本数が1本変わると、1haあたり100本のズレにつながります。見積精度を高めるには、林相ごとにその林相の平均的な場所でプロットを取るのが重要です。手間は増えますがプロットの面積を広くとることも有効です。
STEP 5:詳細のプランニング
現地情報が揃ったら、PCで計算に入ります。 ゴールは「山主への還元額 」を計算することです。ここでは大まかな作業の流れと考え方だけを説明します。詳細は森林施業プランナーテキスト等をご確認ください。
💰 山主への還元額 = [A. 原木売上] + [B. 補助金] − [C. 経費]
A. 原木売上の算出
- 間伐率と伐倒本数の決定:相対幹距比(立木の平均間隔÷樹高、理想は20%)を指標に、間伐率が4割を超えない範囲で伐倒本数を決めます。4割超の間伐は風倒や急激な環境変化による枯損のリスクが上がります。
- プロット内の材積計算:各地域の「細り表」を使うと「胸高直径」と「樹高」から立木1本あたりの収穫材積が算出できます。プロット内を平均した胸高直径を使うことも可能ですが、弊社は基本的に定性間伐のためプロット内のどの木を伐るかを1本ずつ検討しながら計算して精度を高めています。
- プロット内の売上計算:「見込み合計材積」×「平均原木単価(円/立米)」で算出可能です。単価は過去の実績や出荷予定の原木市場の市況表、材の品質等を考慮します。精度を上げるなら、得られる材の直径や品質ごとに単価をかけて積算します。
- 林分全体(面積)への換算:プロット内の材積と売上に、「集材範囲」の面積をかけ、総出材量と売上を出します。「集材範囲」はQGISの空間演算ツールで計算します。作業システムにもよりますが、下記の例では路網から25mの範囲内として計算しています。
💡Tips:材積と売上の自動計算化
プロット調査の結果から材積や売上を出す際はエクセル等で下記のようなシートを作ると楽です。オレンジのセルに入力すると上記の計算を自動で行い、材積や売上見込みが出ます。生成AIを活用しましょう。

B. 補助金額の算出
基本的には「施業面積」と「出材量」が分かっていれば計算可能です。「施業面積」は人工林と見られる区域をGIS上で求積したもので十分です。補助金は条件や申請時期が細かく決まっているので、事前に都道府県や市町村から情報収集しておきましょう。
C. 経費の算出
経費は単純化すると「人件費(日給×日数)+ 機械経費(1日単価×稼働日数)+ 間接費(事務コスト等)」です。事業体の立場ではこれが売上にあたります。過去の日報や現場の記録を分析し、工程ごとの自分たちの生産性(立米/人日、本/人日、円/立米など)を割り出しておくと、施業面積や見込み材積等に掛けるだけで精度の高い経費が算出できます。間接費は「人件費+機械経費」に会社で設定したパーセンテージ(20%とか30%とか)をかけて計算するのが簡単です。こちらも日報や決算書を根拠とすると正確です。経費の積算は煩わしいですが、表計算ソフトで様式を作ってしまえば必要な情報を入力するだけで算出できます。
〇と判定していたのに実際に計算してみたら赤字になってしまう山もあります。伐採率や作業道の入れ方、使う補助制度などを調整してみて黒字化できればいいですが、難しい場合は残念ですが諦めましょう。
STEP 6:見積書にまとめて提案書を提出する
ここまでに算出した数字を見積書に整理します。
⚠️ 見積もり時の注意点
- 経費の見積もりはしっかりと:岡崎市の場合、実際に施業をした結果として原木売上や補助金が見積から増減してもOKですが、経費は見積時の数字が上限(最大)となります。どんぶり勘定で安く見積もると、現場で超過した分は全部自腹になるため経費計算は特に入念にしましょう。
- 保守的かつ正確に:「施業したら山主さんに戻せるお金が無くなってしまった!」という事態を防ぐために「売上と補助金は低めに、経費は多めに」見ておくのが無難です。かといってやりすぎると引き受けられる山も絞られてしまいます。過去の分析からできるだけ正確な自社の数字を把握しておくことが肝要です。
なお、岡崎市の場合は見積書を所有者単位で作成しますが、実際の施業は複数の所有者の山を一体的に行うため見積時より経費は下がることが多いです。これこそが集約化のメリットです。
📋 提案と審査
提案用の様式に必要事項を記入し、書類を自治体に提出します。提案書はそこまで難しいものではないですが、追い込まれて計算ミスや転記ミスをすると後々大変なことになるので提出期限まで余裕をもって進めましょう。選定委員会でのプレゼン(施業内容や方針の説明)を経て、無事採択されれば契約・施業へと進みます。審査基準は山主への還元額、施業体制、地域雇用などで公募時に自治体が公開しています。
STEP 7:施業を行い、清算する
自治体と契約が済んだらあとはいつもの施業と同じなので、伐採届や補助金の申請を済ませて粛々と現場を進めましょう。調査検討時にQGISで作った図面を少し編集すれば作業員用の作業計画図もすぐ作れます。プランニングの段階で出した経費を超えないよう、人工や機械の稼働量を記録・管理しながら進めていくと安心です。
現場が完了し、原木の販売や補助金の報告が済めばその現場での収支が確定します。経費と売上、補助金収入を整理して、山主さんへ還元する金額を算出し自治体に報告、清算します。
この際、複数の筆・所有者の山を一体的に施業することになるので、売上や経費をどのように分けるのかが問題になります。日報を細かくつけて、原木をどこからどれだけ売ったかすべて記録すれば厳密な数字を出すことは可能です。しかしせっかく集約化したのにこうした事務にコストをかけることは、結局山主さんへの還元額を減らすだけで本末転倒です。私はトータルの金額を見積ベース、施業面積ベースなどで「机上按分」する計算で十分だと思っています。自治体と協議しながら皆が納得いく方法で清算しましょう。
💡Tips:公平性の難しさ
複数の山を一体的に施業したケースでどう公平に清算するのかは大変難しいテーマです。例えば、入口の山は明らかに赤字だったが、その奥の山で大きな利益が出たという場合、手前の山が通れたからこその利益です。あなたならどうしますか?
あとがき
森林経営管理制度は2019年に運用が始まりました。岡崎市の森林行政はこの制度の運用に真摯に取り組んでおり、弊社は2026年現在で50ha以上の山林を再委託を受けて管理しています。しかし全国的にはこの制度の運用がうまくいっておらず、せっかく集めた森林環境税が生きた使い方をされていないケースが見られ、国会や新聞で批判の的となることもあります。
またこの制度が動いている地域でも誰も再委託に手を挙げなかったり、森林組合しか受託していないケースが多いです。しかし受け皿が限られることは森や森林所有者にとって望ましいことではないでしょう。むしろ地域に密着した小回りの利く小規模事業体だからこそ、この制度で果たせる役割があるはずです。
事業体として手を挙げにくいことは理解します。林齢も手入れの具合もバラバラな民有林での林産は、ちょっとミスをすれば簡単に赤字に転落しかねないハイリスク・ローリターンな事業です。しかし日本全体の6割超(愛知県内においては9割超)が民有林である以上、ここに手を付けない限り森を守り、木を活かすことはできないのは明らかです。であれば境界の確定した山林が定期的に公募されるこの制度を活用しない手はありません。そのためには低コストで精度が高い(施業時のリスクを減らせる)調査手法が重要になります。
私は研究者でもGISの専門家でもないので、紹介した方法よりもっとスマートなやり方はあるのかもしれませんが、これまで数年間見積・施業・清算を繰り返してきて大きな問題は起きてきていないので、それなりの妥当性がある方法だと思います。あとはコストと精度のバランスを取りながら、各事業体の規模や作業システムに応じた方法を作り出してください。より多くの事業体がこの制度に参加し、各地域で特色ある森づくりが発展することを期待します。
2026年6月
一般社団法人奏林舎 代表理事 唐澤晋平



